これはひょんなことから(死語)ラブドールを迎えることになった店長のドキュメンタリーです。
考察等はあまり含まず、その場でしたこと思ったことをそのままどストレートに打っています。
ラブドールをトークゲストとして呼ぶことが決まり、私は行動に出た。
まずググることから始めるが、とにかく情報が少なすぎる。
コレクターのサイトには行き着くものの、ラブドールを借りることのできるお店を探すのはほんとうに骨が折れた。
東海圏に3カ所くらいあったので、心を決めて最初の業者に電話突撃すると「この番号は現在使われておりません」・・・
罵詈雑言のちゃんこ鍋である2ちゃんねるにも頼った。しかし2008年夏まで現存していたお店が秋口につぶれたらしい事実を最後に東海圏内の情報は途絶えた。
正直怖かったのはあった。男性ではなく女性がドールのレンタルを依頼することに対して不安もあったし、社会的な何かを失う気がしないでもなかった。
取引はほとんどネットで行うらしいが上手くいくのか?突然、ケータイじゃなくて家に電話きたらどうしよう?
押井守監督の「イノセンス」も好きだし電脳フィギュアにも興味を持ったMy母だが、さすがにラブドールを見たら引くんじゃないか?etc.etc…..
でも根が楽観的な私は最後には好奇心が勝ってしまい、業者から業者へという形で紹介してもらった埼玉のある会社のHPに行き、こうなったらなんとかするしかないと予約ボタンを押した。
そして何度かメールのやりとりがあり、1/23、トーク当日の12時にドールが自宅に届くことになった。
私がドールについて考えたのは、実は今回が初めてではなかった。
5年前、ゲストに呼んでもらって私はとあるカフェでサウンドパフォーマンスをした。
それは私のまわりの女の子に性ファンタジーについてのインタビューを行い、そのインタビューをもとに構成したものだった。
内容は今から思えばけっこう過激なもので、お客さんからの評価についても高い共感を呼ぶか拒絶かハッキリしてたように記憶している。
そこで人形に関する話題が出て来て、人形をとりまくジェンダー関係や身体論、少女論などについて調べている中、四谷シモンさんやカタンドール、ハンス・ベルメールなどを知った。
また私は小さいころから現在に至るまでサイバーパンクモノが大好きで、人形をモチーフとして身体論について言及した押井守監督の映画「イノセンス」も観ていたし(イノセンスは本編よりも映画の批評を通じて語っている身体論や人形論についての解説記事や解説本のほうが遥かに面白い。攻殻ファンとしてはバトーさんと素子の悲恋映画としての本編も面白いけどね)、人間機械論やゴースト論に関しては昔から興味を持っていた。
個人的には義体化はちょっと考えるけど、電脳化はしたい。現在の技術でもネットワーク上にある外部記憶装置(TwitterとかTumblrとかEverNoteとか人によって異なる)のデータをウェアラブル機器で早く簡単に取り出せて見やすいインターフェースで眼鏡か網膜に投影できたら、電脳化の雰囲気はちょっとだけ味わえるかも?
で、映画のタイアップとして、映画「イノセンス」をモチーフにした人形展が東京都現代美術館で開催されていて、そこで初めてナマの(?)ドールを見たのでした。
恋月姫さんの眠り姫のドールは可愛らしいと思ったし、なかなかお目にかかることのできないカタンドールを見ることができてそれなりに楽しんだ。押井さんの鎧と戦車萌えトークも聞けて、結局朝から閉館までいたと思う。
が、私が惹かれたのは珍しいビスクドールではなく、2人の作家の写真だった。
ハンス・ベルメールの写真とマリオAという作家さんの写真。
ベルメールは球体関節人形を一旦バラバラにして再構成するという、人形とも彫刻作品とも言えるような言えないような不思議な作品を作っており、マリオAさんはモデルさんを紐などで拘束して「人形」になってもらい、自分が写真を撮るといういろいろとギリギリな作品を作っている人で、他の作家さんとは明らかに何かが違っていて、その違いが私を惹き付けてやまなかった(で、その後澁澤龍彦さんに興味を持つという流れ・・・)。
閑話休題。
と、そんなこんなで人形に対する興味は前々からあって、写真では見てたけどどんなドールがやってくるのか半分ワクワク半分怖々な気持ちで当日を迎えた。
そして12時、クロネコヤマトのトラックが家の前に止まった。
・・・来た。
・・・
・・・・・
(;゚Д゚)
(゚Д゚;)
(;つД⊂)ゴシゴシ
(゚Д゚)え?
お、大きい。予想に反して大きすぎる。ケースに入って来るとは聞いていたけど、キーボードかお琴の搬入か!?
女の子がドールを運搬する際、バイオリンのケースに入れるという話はよく聞くけど、これは・・・
とりあえず私の愛車に運ぶ。
ケースには鍵がついていて、鍵解除についての指示があるので到着したら電話してくれという業者さんからの連絡を思い出し、嫌々TEL。だって恥ずかしいんですもの。
おマタの間に伝票が入っているから確認してくださいとの指示。ああなんとなく恥ずかしい!
(今思えば、私はすでにこの時点でドールに対して感情移入している)
そして開封、ご対面(でも顔はまだ見てない)。
夢見る乙女のポーズでケースの中に入っているのかと思いきや、思いっきりおマタを開いたままで封入されてる・・・
使われる目的が目的だけに仕方ないが、ここでまず私の人形に対するロマンチシズムがことごとく破壊された。
ショック。夢見る乙女は一体いずこへ!?
次に触ってみる。大学の工房実習でやったからシリコンの感触は分かっているつもりだったけど、なんとなく怖い。
そして確認後、一度ケースを閉める。あとは当日使う機材を搬入するだけだ。
このとき、私が出勤用のカチっとした服装をしていれば、ドールに対する印象が変わったかもしれない。
理系の科学者のように(って元は理系だろうに自分)構造についていろいろと調べたかもしれない。
女性は服装によって気分を変えられるが、私の場合それが最近顕著になってきた。
職務上学生ちゃんたちに何かあれば彼女たちを守らなければならない立場にあるから、性格も若干変わるようになった(って装ってるだけだけど)。
先生たちは忙しい上にいろいろと手一杯なので、何かあったときに対処できるのは私しかいないという状況や在籍する学生ちゃんのうち女の子が8割ってこともある・・・
それに事務的な仕事も回ってくるので、普段のようにのんびり楽観的に構えているわけにはいかない場面もあり、固めの雰囲気を纏う先生たちに対しては多少気を張ってしまう。
しかし、やわらかい生地のお洋服を着ていると、それから解放される。
論理的思考から直感的思考へ。
ビックカメラに行く用事があったので、一度名古屋駅へ。
大きいケースはそれだけで存在感がある。しかもドールと一緒。まだ怖い。
車に彼女(ドール)を置いてビックカメラへ。
そこにはなんとなく「待たせている」という意識を感じる自分がいた。
この時点での恐怖は未知なるものへの恐怖というのもあったかもしれないが、おそらく「世の男性が”ご利用なさった”ものと対峙すること」への恐怖がいちばんあったと思う(ひどい言い方だけどそう感じてしまった)。
私は潔癖性ではないし、世の男性がラブドールを必要とすることに対して全く否定しようとも思わないんだけど、秘め事に接してしまうことへの恐怖は何となくあった。
私は彼氏の部屋で見つけたエロ本を机の上に置いといてあげるという芸当ができるほど、まだ精神的に成熟していない。
・・・今は関係ないけど。
買い物を済ませ、会場であるカフェ・パルルへ。
このカフェにはかなり長い間お世話になっていて、私の名古屋での好きな場所のひとつでもある。
カフェ飯もおいしいし、スタッフの方々も丁寧な方ばかり。
ゲストスピーカーさんやお手伝いスタッフさんたちも現場に到着し、搬入。
そして、とうとうドールを会場に運び込み、開封。
業者さんからの電話では「お姫様だっこで運んでください」とのことだったので、お姫様だっこして椅子に座らせようとしたんだけど、重い!重すぎる!!マテ、体制が不自然でギックリする!(実際しかけた)
そりゃ当然のハズ、お姫様だっこは通常女の子が男性の首に手をかけて掴まるので多少楽だけど(あれはあれでなかなか気分の良い行為である。ふふっ)、ドールは掴まってくれないからだっこをする人がすべて彼女を支えなければならない。
医学系の人でもあるゲストさんに助けてもらって、結局3人がかりで座らせてあげた。
救助隊か・・・orz
思えば、この時点でドールへの恐怖は払拭されていた。
時間に余裕があるわけでもなかったし、早く出してあげなければという思いが先行していたのか、恐怖を感じる暇もなく、えいっとドールを出してあげたような感じだった。女は度胸とはこのことね。
どうやら身長が私とまったく同じ、150cmらしい。殿方とコンビニに行くとよく行方不明者扱いされます。軽トラのアクセルとブレーキに足が届きません。ワンピースは長すぎます。そんな150cm。
裸かと思ってとりあえず衣装を持ってきたんだけど、ドールはナイトウェアを着ていた。
着替えさせてあげようにも壊しそうで怖くて、結局私のなんちゃってセレブコート(大須のとある行きつけショップで3000円也)をかけてあげる。
なんかセレブなおじさまとスイートルームで朝チュンしちゃったかのよう。
髪の毛もセットしてあげる。ブラシを使うのがなんとなく怖かったので、スプレー状のトリートメントを少し。
ここまで来ると空間にドールがいることに慣れてきたのか恐怖心は全く無くなって、世話をしたいというような愛しさに近いものが湧いて来た。女の子の世話好き精神発動という感じでしょうか。
でも、バシバシカメラで撮影しまくる男性陣に対して、「マネージャーを通して!」と冗談で思ったのはナイショ。
そしてイベント開始。
尊敬するゲストさんたちに幅広い知識と豊富な話題で楽しませてもらっている間、ドールが存在感を持ち始めていることに気づいた。そこにいて然るべきというか、もはや「モノ」ではない。人ではないけど、モノではない。
最後にケースに封入してお別れをしようとしたんだけど、なかなかケースに収まってくれずに苦労した。
そのときドールが「モノ」ではない何かから「モノ」に変わる瞬間を私は見たような気がした。
それは小さな死だったんだろうか。
思い込み?感情移入のしすぎなのかもしれない。
と、ここまでほとんど推敲をせずに勢いのまま書いてきて、私はドールをモノとして捉えていない事実に気づいたのでした。
最初はキモかったけど、同じ時間を過ごすとともに可愛く思えてくるシーマンのようw いや、比較するのもドールに失礼か。
ゴーストを持たないものに対してなぜ愛情を感じるのか?ってことはリンクしてくるかもしれないけど。
今は怖くない。むしろまた会ってみたい。そう思えた。
今、彼女はどこにいるのだろう。