Archive for the ‘店長便り’ Category

身体を巡る旅。

今回の旅は、今振り返ると「身体を巡る旅」でもあったかもしれません。

週末はここ最近上陸できるようになったとある島での撮影のための打ち合わせ仕事とテクノ御三家のひとつ、P-Modelの元メンバーさんのライブに参戦してきました。
高速道路一律1000円セールを利用する一人旅。趣味のひとつがドライブなので、片道5時間はそんなに大したことじゃないことが救い。
初日は何時に終わるのか見当がつかなかったので、東京でのプレゼン前によく利用してた某観光ホテルにチェックイン。

よほど愛するものでない限り、ほとんどモノや人に執着しない私が唯一、8年もの間好きで居続けているP-Model。
個人的には、独特の変拍子やメディア批判を匂わせるような歌詞(ラブソングがあったかと思えば「あんたといいことしたいから美術館に火をつけるよ」とかまあとにかく歪んでること歪んでること)、ボーカルの平沢進さんが持つ凄まじい音域(声の広さ)に魅力を感じます。

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オジサマ趣味?
・・・まさにその通りです^q^

そのライブはもう何というか独特の世界観を構築していて、テスラコイルがギュンギュン言ってるわエントロピーと叫ぶわ、テスラコイルを使用した際にシールドから漏れた電磁波が機材に影響を与えて一瞬演奏がストップしたかと思えば「これがテクノだ」。
極めつけはゲストでタイのニューハーフさんたちがご登場。

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しかもタイの大御所、サイモン・キャバレーのお姉さん方。
最近タイでは彼女たちのことをSP-2、サーオプラペーッソーンと呼んでいるらしい。
第2の女性。

以前DVDやフォトエッセイ的なもので拝見したことはあったものの、生は初めてでとても楽しみにしていました。

・・・美しい。

ボキャ貧と言われそうですが、それ以外の言葉が出てきません。
定義された女性「らしさ」をほぼ完璧に体現してる生きた彫刻のような美しさ。かといって人間味を感じないかといえば全くそんなことはない。
とにかくひとつひとつの所作が美しい。
女性の私でもみとれてしまう。
無論、その裏には自らのジェンダーを獲得して維持するためにものすごい努力や葛藤があったことでしょう・・・
自らのジェンダーを維持し、マイノリティーとして排除されたり差別されないための処世術としての献身的な姿はあるにしろ、それを完全にものにしている。いつの間にかホンモノの心からの献身的な姿になっている。
献身的に尽くすことでも自らのジェンダーを獲得しようとしているのかもしれません。
「大人の女性」としてのロールモデルにしたいくらい、その姿はとても素敵でした。

3曲歌を歌ってくれたけど、無論リップシンク。
ひとつはこの曲のアレンジ。平沢さんとSP-2の2人のトリオボーカルで、ものすごくきれいな和音!思わず泣きそうに。

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その歌は合成音声(初音ミクの姉妹エンジン)で作られているんですが、機械音なのでどうしてもつたない日本語になってしまいます。
が、それが逆に彼女たちがあたかも歌っているかのように錯覚するようなある意味演出みたいになっていて、合成音声に身体性を感じてしまいました。

合成音声だけでもエロティシズムを感じないことはないのですが、それはあくまで機械から感じる倒錯したエロティシズムであって、肉体をそこには感じることは難しいかもしれない。
たとえ初音ミクのようにキャラクター性を身にまとって身体情報が付加されたとしても・・・

2日目は少しのんびりして森美へ。
万華鏡の世界と題して、オプアートっぽい展示を展開していました。

その中で毒性が抜けるまで薄めたLSD(幻覚剤)を噴水にして打ち上げるという恐ろしい展示が・・・

「万華鏡の世界」展で出展されている他の作品は、作品を理解するにあたり観客の妄想や創造力が必要とされますが、この作品だけはダイレクトに身体にキます。
思い込みなのかもしれません。でも、幻覚作用っぽい感覚はなんとなく感じました。
あれだ、産婦人科で不定期に月イチ来客があったときに検査で投与する女性ホルモンが起こすあのクラっとしたようなふわっとしたような感覚にものすごく近い。
実際に海外都市で一定期間パブリックアートとして設置された経歴もあるようで、そのときの効用が気になりますね。

ときめいったー(改)、賞を頂きました!

なんと、ときめいったー(改)、賞を頂きました!
賞を取れたことは結果的によかったのですが、人前で1年ぶりにプレゼンができていろんな人たちに突っ込んでもらえることが嬉しかったです。

とにかく持ち時間が6分しかなかったので、言うべき内容を相当厳選しました。
ときめいったー(改)を社会学やコミュニケーション論の方向から語ることもできたのですが、ジャパネットたかた戦法で売り込むことにしました。
できるだけ分かりやすい言葉で、センテンスは短く、サービスやモノを使っている様子をイメージさせる言葉に少しのユーモア。
今回プレゼンするにあたり、ジャパネットたかたとジョブズの神プレゼンを分析しました。

ジャパネットたかたの場合、
1.商品のポイント・ウリとその商品が必要だということを話す(大型TV欲しいですよね、とか)
2.商品説明、ここで他商品などとの比較を行う(これはジョブズもやってますね)
3.お客さんが商品を自分で使っていることをイメージできるような説明を行う

という流れでしょうか。

ジョブズの場合は、
1.プレゼン全体のテーマとキーワードを述べる
2.革新的な製品を3つ発表します、などポイントがいくつあるか述べた後にはじめに・・・次は・・・と説明
3.プレゼン全体のテーマとキーワードを再度述べる(大事なことだから2回言いました)
4.ドラマチックな演出とともに製品名発表
5.製品を開発した背景を述べつつ、他製品と比較して機能などを紹介
6.最後にもう一度プレゼン全体のテーマとキーワードを述べる

てな感じ。
この分析を生かして全体のプレゼンを構成した結果、面白い!という評価を頂けてほっと一息。
笑って頂けたのが嬉しかった。
賞がどうこうよりも、せっかくプレゼンを聞いて頂ける機会をもらったんだから楽しんでもらおうと思ったのがよかったのかもしれません。

ときめいったー(改)では、出会いと自己鍛錬をサポートするシステムを加えました。
webに身体情報がアップロードされるという基本システムに加えて、以下の機能が追加!

・ときめいったーに登録している他ユーザーとのマッチング機能
要は王子様とお姫様を探すシステムですね

・ときめいたときに周囲の状況が自動的に撮影される
自分が何にときめいたかのデータベース(ときめきアーカイブ)が出来上がります。無論、プライバシー設定あり。
Googleに代表されるとにかく大量の情報を持ったベータベースではなく、タグ付けとは異なる非常にフィジカルで有機的なデータベースとなります。 個人的にはTwitterやFlickrなどはそのような有機的なデータベースになり得るし、検索エンジンにもなると思うのですが・・・
この有機的なデータベースが広告やマーケティングなどに応用可能なところも評価のポイントだったようです。

・自己鍛錬システム
せっかく見つけた王子様やお姫様に適わない・・・そんなときでも大丈夫!
マッチング相手の好みをデータベースから割り出し、自己鍛錬プログラムを作成、あなたに送信!

身体情報をもとにしたマッチング+ときめきデータベースをもとにした自己鍛錬システム=ときめいったー。
つまり、超分かりやすくすると、出会い系+育成系です。
ゲーム脳おおいに結構(ぇ

実はこの自己鍛錬システム、とあるゲームをやっているときに思いつきました。
そのゲームとは・・・「アイドルマスター」。
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アイドルマスターとは、XBoxとPSPで発売されているバーチャルアイドルを育成するゲームです。
トップアイドルになるためにダンス・歌唱力・ビジュアルの能力を鍛える必要があって、ボイス・ポーズ・歌詞・ダンス・表現力・演技力のレッスンを行わなければいけません。
例えばボイスレッスンをすると歌唱力とダンスの能力が上がるんですが・・・
で、「レッスンをすると能力が上がる」というところにピンと来ました。これともうひとつ特殊な要素が組み合わさって、自己鍛錬システムの要素が出来上がりました。
アイドルマスターではトップアイドルになるためにオーディションを何回か受けなければならないのですが、オーディション合格後にTV出演となり、プレイヤーが自由にアイドルのパフォーマンスを撮影することができます。
その撮影された映像をもとにしてPCで編集し、他の曲をアテるという動画が一部で流行していて、それを観てこのゲームを知りました。
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自分の育てたアイドルが成長していくのが面白い!ゆきぽ!

これから5月末に展示やトークがあるそうです。そこでは実機がお目見えする予定です。
デバイス類はアクセサリ型にすることにしました。ファッション+ウェアラブルです。
他の方々のプレゼンに関しては次の記事にてお送りします。

共通言語の不在。

最近、ある分野の専門家さんとその分野とは別の専門家さんたちと一緒にお仕事をしています。

そこで不安に思うことがひとつ・・・共通言語の不在です。
各々それぞれの専門家なので、自分の専門に関してはほんとにプロフェッショナルで素敵な意見を下さるのですが、専門分野と専門分野を結びつけることが難しい。
翻訳することが必要になってくるわけです。

異分野とのコラボレーションが盛んになりだしてからというもの、そのような翻訳家が必要とされています。
領域を繋ぐ人。そういう人が渇望されているのに、様々な領域を行き来する人たちにはそれぞれの分野や領域でプロフェッショナルでいることが求められます。それこそスーパーマン・ウーマンでなければならない。
私はマネジメントをやっていることもあって、たまたまそういう触媒だったりコンサル的な役回りをすることが多いのですが、自分の力のなさ(主に知識のなさ)に愕然とすることが多々あります。

師匠やまわりの方々はそういうことに向いてるであろう私の性格面(力があるかじゃなくて性格的に向いてるかどうか)を考慮したのでしょう、様々な分野の方と会わせて頂いたりいろいろな経験を昔からさせて頂いていました。出来の悪い生徒でしたけど・・・
その経験が今に生かされているのでほんとうに感謝しきりなのですが、その当時モノを作っていた私は知識を吸収することよりもプログラミングや電子工作、金工木工など技術面を主に鍛えていました。
プラズマカッターで火花散らして喜んでたり、木材を自動的に切断する巨大パネルソーの仕組みに興奮したり・・・(大汗
今となっては反省しきりです。両立すべきだった。やってたけど足りなかった。

デザインやアートは異分野を繋ぐ翻訳家になることができる・・・というより、そうあることが求められる唯一の分野なのかもしれません。だからこそ、難しい。
そのような翻訳家としての能力を持っている人はとっても少なくて、私のまわりでは師匠含めて3人しかいません。
3人の方と一緒にお仕事させて頂いたこともあるのですが(お1人とは現在も継続中)、その広い見識にただただため息をつくばかりです。
まるで天空装備のLv98の勇者と何かを成し遂げようとする英雄に憧れる、ひのきのぼうを持ったLv5主人公といった感じです。
そのような方々とお会いできたことに感謝するとともに、尊敬してやまないのです。

現実とネットの狭間で。

ソフトバンクが恐ろしいキャンペーンを始めましたね。

実質iPhoneの本体価格が0円になるということで、海外サイトでもとうとう地に落ちたかとネガキャンされているようです。
まあその記事はやらせだったそうですが・・・

iPhoneは「電話」じゃありません。ましてやケータイじゃございません。
電話機能はおまけみたいなもので、本質はご存知の通りインターネットデバイスです。
ジョブズ閣下のプレゼンがこちら。
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なので、ネットを使って情報を得ているギーク達には格好のオモチャでも、ケータイをメールと通話程度にしか使わない人にとってはハイテク文鎮でしかないわけです。
iPhoneはなぜ一部の人たちを惹き付けるのでしょうか?
AppleファンはAppleへのお布施として購入している側面もあるでしょうから、それについての考察は置いといて。
デザインや好きな機能を自分で追加できるという機能面での魅力はもちろん、おそらくiPhoneは「常時接続」という状態を体感できるデバイスだからということもあるのかもしれません。

そう体感できる理由としては、フルブラウザ+タッチパネルのUIによる情報へのアクセスのしやすさ(ケータイと比べたらもう・・・!)とそのアクセスのしやすさをさらに増大させるアプリケーションの存在があって、それらのおかげで情報へアクセスする頻度がケータイよりかなり高いことが関係していると思われます。

いやいや、女子中高生だって常にケータイいぢってメールしたりプロフ(って言うんだっけ?)にアクセスしてて常時接続に近い状態にあるじゃないという考え方もありますが、オトナの常時接続と女子中高生の常時接続には違いがひとつあるような気がします。
女子中高生にとっては、ネットワークの世界は現実とは繋がってるけど別の「自分の世界」であることに対し、ネットワーク社会に慣れた大人にとっては現実世界の背後にある世界であるということ。
って女子中高生にヒアリングしたわけではないので、想像でしかないですけどね。
大人の「常時接続」のほうが現実への浸食度は高い気がします。
(あとでこのことについても触れているTwitterの考察をポストします)

serial experiments lainの「すべては繋がっているのよ」という台詞が身をもって理解できるようになるほど一般へ技術が普及してきたんでしょうね。
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先日、デジタルネイティブの魔窟で同じ釜のご飯を食べてた仲間との同窓会がありました。
その同窓会での別れの挨拶が
「じゃあまたネットのどこかで」
でした。
時代は変わっていくものですね・・・

ちなみにiPhoneと一緒に過ごす私の1日はこんな感じ。

朝少し時間を作って、登録してあるニュース・情報サイトのRSSをiPhoneのRSSリーダー「NetNewsWire」で読んでチェック。
気になった記事は「NetNewsWire」でクリッピングできるので、クリップしておく。
「NetNewsWire」はMacの同名のアプリケーションと連動しています。
あとMixiとtwitter(登録したメンバーのつぶやきが聞けるツール)もチェック。
(ここまですべてiPhone内で行う)

職場についたら就業時間になる前にメールチェック、送信が必要なものや返信が必要なものは返信。
メールするまでもない短い仕事用メッセージをやりとりするために別アカウントを取っているTwitterとインスタント・メッセンジャーはモニタの端で常時起動。

その後、クリップしておいた記事をチェック、必要なものはTumblr(ウェブスクラップブックサービス)やdel.icio.us(ソーシャルブックマークサービス)に登録しておく。

帰ったら、今日登録したデータやtwitterの記事などを確認する。
そして週末、1週間でかき集めた記事を参照しながら考え事をする。
その際のメモはEvernote(MacとiPhoneで連動するメモ帳)に書き込みます。

手書きメモに関しては、ScanSnapというボタン1発でスキャンしてくれるスキャナでPDF化、Evernoteに突っ込んで整理して、MacやiPhoneで見れるようにしています。
とにかくアナログにしろデジタルにしろ処理しなくちゃいけない情報量が多すぎるから、もう手書きメモを俯瞰するだけでは追いつかなくなってきました。
まさにTumbleやTwitter、Evernoteは外部記憶装置と化しています。
それら外部記憶装置にもっと早くアクセスできるようネットワークインフラが整備されれば、ほんとに「外部記憶装置」として活用できる日が来そうな予感がします。

My Day,Yesterdayに参加してみました

最近、「My Day,Yesterday」というFlickr上で開催されている遊びに参加しています。
これは、音楽やナレーションを一切つけてはいけないというルールはありますが、1日のダイジェストを90秒ぐらいに編集してFlickrにアップしようというものです。

ちょうど記録用にとFlip minoHDというiPhoneくらいの大きさの小型HDカメラを手に入れたこともあって、ここ4日遊んでみました。
先週今週は仕事でいろいろなところへお出かけしたのですが、撮影してる時間があまり取れなかったので、1日通して撮影していた2日間の映像をアップしてみました。
キメキメな映像の構成をきちんと考えたものではなく、ほんとに何も考えず即興で撮ってラフに編集してるだけなので、もうちょっとこうしたらいいのに的な発想も出てくるのですが、スピード重視で。

Flickr Video
リストはこちら

普通に日常を切り取っても面白くないので、私オリジナルのルールを毎回作っています。
初日は生活音で音楽が成り立つような映像(MAD映像的な)にしようと思ったんですが、映像の時系列を崩すのもどうかと思ってやめました。わざと音を出すのも違う気もしましたし・・・なので、初日は特にルールを設けず。

2日目は人力Uniqlock的な方向を目指して、時報をテーマに撮ってみました。
昼過ぎに起きて1日終わって寝るまでの間、時計の針がジャストを指したら撮影しています。そのときついでに117に電話をかけて音声を録音。最後のカットは嫌らしいですが、ああなるようにニコニコ動画の再生ポイントからエアコンとお部屋の電気を消すまでタイミングをすべて計算した上で撮影しています。

とまあ、カメラを持つと当然のことなのかもしれませんが、厳密には「私の日々」を撮影した映像ではなく、「私という人の日々を作為的 に作り出した映像」になってしまうわけです。でも映像作家さんにしてみれば、作為的に作り出された日々も日々のひとつなのかもしれません。

私日記と言われている映像作品のジャンルの中で、私の好きな作品がひとつあります。
前田真二郎監督の「日々”hibi” 13 full moons」。

「日々”hibi” 13 full moons」は月の運行をもとにしたルールに基づき、1年毎日ワンカット15秒撮影するという作品です。
そのカットは彼が勤め・住んでいる大垣での出来事、旅行先と思われる外国などさほど種類はないと思われますが、最初の数カットでこの映像が「作為的に作り込まれた映像」であることに気がつきました。
この映像の中のカットは「撮影する時間になったときに前田さん本人がいる場所で撮る」ということが基本ですが、「時間になったらどこの場所にいるか」「その場 所で何を撮るか」はまったくの自由。本人がおっしゃっていましたが「明日はどこへ行ってどう撮ろうかと考える」ことができるわけです。
もう少し考えると、タイトルが前田さんの「日々」であるにも関わらず「どこへ行ってどこで撮ろうか考える」ことができるために、厳密な意味では「日々を撮った映像」ではなく「前田真二郎という人間の日々を作為的に作り出した映像」であるとも言えると思います。
明らかに「作られた日々」であることが明確なカットを観るにつれ、どんどんこの作品の中で展開されている日常が、実はすべて非日常・・・「作られた日々」ではないかという疑惑を消すことができなくなりました。
撮影アイデアはすごく面白いなという感想は持ちましたが、映像そのものに関しては「作り込まれた感」が強い。
映像作品だし映像作家なんだから当然だろうという考えも持ちましたが、「日々」という言葉を前田さんがどう解釈しているのかが気になりました。

そして作品の中でひとつのカメラワークが浮き彫りになります。

それは、視姦プレイ。

前田さん本人だけではなく、登場している人物もそれを意識しているカットが多々あることを今書いていて思い出しました。
(それを象徴しているカットが2つあるのですが、その人物同士の関係が現実で本当の関係にあるのかは私には分かりません。カメラを意識しての演技であることも想像できてしまう)

サンプルルービーはこちら

人生初フィギュア。

現在、Webブラウザの自動操作デバイスと身体データを取得してTwitterにポストして監視するというちょっとしたデバイスを作っていて更新が遅れています・・・

ときめいったー

ときめいったー

愛ちゃんと接してから人形に抵抗感が無くなったのか、フィギュアをお部屋に置いておくことに対してそんなに違和感を感じなくなりました。ぬいぐるみは溢れんばかりにあるのに・・・

ということで、音声合成ソフト「VOCALOID」のKAITOくんから逆バレンタインです。
流行の最先端ですね。

KAITO-Valentine

KAITO-Valentine

この薔薇のフレーム、iPhoneアプリの「Decorated Reality」を撮影の際使用しています。
Decorated Realityは iPhone内蔵カメラのライブ・ビューに薔薇や風船などを散りばめるアプリケーションで、AR(現実拡張)の「現実世界の上に2次元のレイヤーを重ねて表示する」という基本技術が使用されています。
iPhoneのスペックではあまり大したことはできないとは思いますが、眼鏡に投射できるタイプの片眼ヘッドマウントディスプレイに出力できれば、コンテンツ次第では現実世界から完全に逃避できそうな気がします。

ラブドールがやってきた。

これはひょんなことから(死語)ラブドールを迎えることになった店長のドキュメンタリーです。
考察等はあまり含まず、その場でしたこと思ったことをそのままどストレートに打っています。

ラブドールをトークゲストとして呼ぶことが決まり、私は行動に出た。
まずググることから始めるが、とにかく情報が少なすぎる。

コレクターのサイトには行き着くものの、ラブドールを借りることのできるお店を探すのはほんとうに骨が折れた。
東海圏に3カ所くらいあったので、心を決めて最初の業者に電話突撃すると「この番号は現在使われておりません」・・・
罵詈雑言のちゃんこ鍋である2ちゃんねるにも頼った。しかし2008年夏まで現存していたお店が秋口につぶれたらしい事実を最後に東海圏内の情報は途絶えた。
正直怖かったのはあった。男性ではなく女性がドールのレンタルを依頼することに対して不安もあったし、社会的な何かを失う気がしないでもなかった。
取引はほとんどネットで行うらしいが上手くいくのか?突然、ケータイじゃなくて家に電話きたらどうしよう?
押井守監督の「イノセンス」も好きだし電脳フィギュアにも興味を持ったMy母だが、さすがにラブドールを見たら引くんじゃないか?etc.etc…..
でも根が楽観的な私は最後には好奇心が勝ってしまい、業者から業者へという形で紹介してもらった埼玉のある会社のHPに行き、こうなったらなんとかするしかないと予約ボタンを押した。
そして何度かメールのやりとりがあり、1/23、トーク当日の12時にドールが自宅に届くことになった。

私がドールについて考えたのは、実は今回が初めてではなかった。
5年前、ゲストに呼んでもらって私はとあるカフェでサウンドパフォーマンスをした。
それは私のまわりの女の子に性ファンタジーについてのインタビューを行い、そのインタビューをもとに構成したものだった。
内容は今から思えばけっこう過激なもので、お客さんからの評価についても高い共感を呼ぶか拒絶かハッキリしてたように記憶している。
そこで人形に関する話題が出て来て、人形をとりまくジェンダー関係や身体論、少女論などについて調べている中、四谷シモンさんやカタンドール、ハンス・ベルメールなどを知った。
また私は小さいころから現在に至るまでサイバーパンクモノが大好きで、人形をモチーフとして身体論について言及した押井守監督の映画「イノセンス」も観ていたし(イノセンスは本編よりも映画の批評を通じて語っている身体論や人形論についての解説記事や解説本のほうが遥かに面白い。攻殻ファンとしてはバトーさんと素子の悲恋映画としての本編も面白いけどね)、人間機械論やゴースト論に関しては昔から興味を持っていた。
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個人的には義体化はちょっと考えるけど、電脳化はしたい。現在の技術でもネットワーク上にある外部記憶装置(TwitterとかTumblrとかEverNoteとか人によって異なる)のデータをウェアラブル機器で早く簡単に取り出せて見やすいインターフェースで眼鏡か網膜に投影できたら、電脳化の雰囲気はちょっとだけ味わえるかも?

で、映画のタイアップとして、映画「イノセンス」をモチーフにした人形展が東京都現代美術館で開催されていて、そこで初めてナマの(?)ドールを見たのでした。
恋月姫さんの眠り姫のドールは可愛らしいと思ったし、なかなかお目にかかることのできないカタンドールを見ることができてそれなりに楽しんだ。押井さんの鎧と戦車萌えトークも聞けて、結局朝から閉館までいたと思う。
が、私が惹かれたのは珍しいビスクドールではなく、2人の作家の写真だった。
ハンス・ベルメールの写真とマリオAという作家さんの写真。
ベルメールは球体関節人形を一旦バラバラにして再構成するという、人形とも彫刻作品とも言えるような言えないような不思議な作品を作っており、マリオAさんはモデルさんを紐などで拘束して「人形」になってもらい、自分が写真を撮るといういろいろとギリギリな作品を作っている人で、他の作家さんとは明らかに何かが違っていて、その違いが私を惹き付けてやまなかった(で、その後澁澤龍彦さんに興味を持つという流れ・・・)。

閑話休題。

と、そんなこんなで人形に対する興味は前々からあって、写真では見てたけどどんなドールがやってくるのか半分ワクワク半分怖々な気持ちで当日を迎えた。
そして12時、クロネコヤマトのトラックが家の前に止まった。

・・・来た。

・・・

・・・・・

(;゚Д゚)

(゚Д゚;)

(;つД⊂)ゴシゴシ

(゚Д゚)え?

お、大きい。予想に反して大きすぎる。ケースに入って来るとは聞いていたけど、キーボードかお琴の搬入か!?
女の子がドールを運搬する際、バイオリンのケースに入れるという話はよく聞くけど、これは・・・

とりあえず私の愛車に運ぶ。
ケースには鍵がついていて、鍵解除についての指示があるので到着したら電話してくれという業者さんからの連絡を思い出し、嫌々TEL。だって恥ずかしいんですもの。

おマタの間に伝票が入っているから確認してくださいとの指示。ああなんとなく恥ずかしい!
(今思えば、私はすでにこの時点でドールに対して感情移入している)
そして開封、ご対面(でも顔はまだ見てない)。
夢見る乙女のポーズでケースの中に入っているのかと思いきや、思いっきりおマタを開いたままで封入されてる・・・
使われる目的が目的だけに仕方ないが、ここでまず私の人形に対するロマンチシズムがことごとく破壊された。
ショック。夢見る乙女は一体いずこへ!?

次に触ってみる。大学の工房実習でやったからシリコンの感触は分かっているつもりだったけど、なんとなく怖い。
そして確認後、一度ケースを閉める。あとは当日使う機材を搬入するだけだ。
このとき、私が出勤用のカチっとした服装をしていれば、ドールに対する印象が変わったかもしれない。
理系の科学者のように(って元は理系だろうに自分)構造についていろいろと調べたかもしれない。

女性は服装によって気分を変えられるが、私の場合それが最近顕著になってきた。
職務上学生ちゃんたちに何かあれば彼女たちを守らなければならない立場にあるから、性格も若干変わるようになった(って装ってるだけだけど)。
先生たちは忙しい上にいろいろと手一杯なので、何かあったときに対処できるのは私しかいないという状況や在籍する学生ちゃんのうち女の子が8割ってこともある・・・
それに事務的な仕事も回ってくるので、普段のようにのんびり楽観的に構えているわけにはいかない場面もあり、固めの雰囲気を纏う先生たちに対しては多少気を張ってしまう。

しかし、やわらかい生地のお洋服を着ていると、それから解放される。
論理的思考から直感的思考へ。

ビックカメラに行く用事があったので、一度名古屋駅へ。
大きいケースはそれだけで存在感がある。しかもドールと一緒。まだ怖い。
車に彼女(ドール)を置いてビックカメラへ。
そこにはなんとなく「待たせている」という意識を感じる自分がいた。

この時点での恐怖は未知なるものへの恐怖というのもあったかもしれないが、おそらく「世の男性が”ご利用なさった”ものと対峙すること」への恐怖がいちばんあったと思う(ひどい言い方だけどそう感じてしまった)。
私は潔癖性ではないし、世の男性がラブドールを必要とすることに対して全く否定しようとも思わないんだけど、秘め事に接してしまうことへの恐怖は何となくあった。
私は彼氏の部屋で見つけたエロ本を机の上に置いといてあげるという芸当ができるほど、まだ精神的に成熟していない。
・・・今は関係ないけど。

買い物を済ませ、会場であるカフェ・パルルへ。
このカフェにはかなり長い間お世話になっていて、私の名古屋での好きな場所のひとつでもある。
カフェ飯もおいしいし、スタッフの方々も丁寧な方ばかり。

ゲストスピーカーさんやお手伝いスタッフさんたちも現場に到着し、搬入。
そして、とうとうドールを会場に運び込み、開封。

業者さんからの電話では「お姫様だっこで運んでください」とのことだったので、お姫様だっこして椅子に座らせようとしたんだけど、重い!重すぎる!!マテ、体制が不自然でギックリする!(実際しかけた)
そりゃ当然のハズ、お姫様だっこは通常女の子が男性の首に手をかけて掴まるので多少楽だけど(あれはあれでなかなか気分の良い行為である。ふふっ)、ドールは掴まってくれないからだっこをする人がすべて彼女を支えなければならない。
医学系の人でもあるゲストさんに助けてもらって、結局3人がかりで座らせてあげた。
救助隊か・・・orz

思えば、この時点でドールへの恐怖は払拭されていた。
時間に余裕があるわけでもなかったし、早く出してあげなければという思いが先行していたのか、恐怖を感じる暇もなく、えいっとドールを出してあげたような感じだった。女は度胸とはこのことね。
どうやら身長が私とまったく同じ、150cmらしい。殿方とコンビニに行くとよく行方不明者扱いされます。軽トラのアクセルとブレーキに足が届きません。ワンピースは長すぎます。そんな150cm。

裸かと思ってとりあえず衣装を持ってきたんだけど、ドールはナイトウェアを着ていた。
着替えさせてあげようにも壊しそうで怖くて、結局私のなんちゃってセレブコート(大須のとある行きつけショップで3000円也)をかけてあげる。
なんかセレブなおじさまとスイートルームで朝チュンしちゃったかのよう。
髪の毛もセットしてあげる。ブラシを使うのがなんとなく怖かったので、スプレー状のトリートメントを少し。
ここまで来ると空間にドールがいることに慣れてきたのか恐怖心は全く無くなって、世話をしたいというような愛しさに近いものが湧いて来た。女の子の世話好き精神発動という感じでしょうか。
でも、バシバシカメラで撮影しまくる男性陣に対して、「マネージャーを通して!」と冗談で思ったのはナイショ。

そしてイベント開始。
尊敬するゲストさんたちに幅広い知識と豊富な話題で楽しませてもらっている間、ドールが存在感を持ち始めていることに気づいた。そこにいて然るべきというか、もはや「モノ」ではない。人ではないけど、モノではない。

最後にケースに封入してお別れをしようとしたんだけど、なかなかケースに収まってくれずに苦労した。
そのときドールが「モノ」ではない何かから「モノ」に変わる瞬間を私は見たような気がした。
それは小さな死だったんだろうか。
思い込み?感情移入のしすぎなのかもしれない。

と、ここまでほとんど推敲をせずに勢いのまま書いてきて、私はドールをモノとして捉えていない事実に気づいたのでした。
最初はキモかったけど、同じ時間を過ごすとともに可愛く思えてくるシーマンのようw いや、比較するのもドールに失礼か。
ゴーストを持たないものに対してなぜ愛情を感じるのか?ってことはリンクしてくるかもしれないけど。
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今は怖くない。むしろまた会ってみたい。そう思えた。
今、彼女はどこにいるのだろう。

第2の女性について。

イベントのレポは後でまとめるとして、最近気になった身体加工についてのお話をひとつ投下。

以下はタイのいわゆるニューハーフさんたちに関する話だ。
タイでは彼女たちのことを「サーオプラペーッソーン」、第2の女性と呼ぶ。略称はSP-2。
しかしただのニューハーフではない。女性より女性らしく、その振る舞いや雰囲気はまるで女神のようであり、原始の母のようでもある。
私は彼女たちの深い博愛精神に圧倒され、惹き付けられた。
大げさか?しかしこの映像は私の目を釘付けにさせた。

[Nicolink:視聴できません > ソース]

この映像は平沢進というミュージシャンのライブ映像である。
私は9年前から彼以外の音楽が聞けなくなってしまったほどハマり続けている。
世界で最もカッコいい54歳だと断言できるくらい。
歌詞や世界観があまりにも独特なので、メジャーにはなっていないのが少し寂しい気もするが・・・
彼はどうやら幼少時に女性に関する衝撃的な出来事を目にし、生身の女性に対してトラウマを持つようになってしまったらしい。そして40代のときにタイで観たSP-2のショウに感銘を受け、それ以来彼はSP-2の虜になってしまった。

彼の公式サイトやファンクラブ会報にSP-2の魅力を言語化した記事がたまに掲載されており、生身の女性以上に「女性性」をまとった存在、それがSP-2であるということがことさら強調されている。
「女性性をまとう」ということは、ある意味アウトサイダーである自分たちを守るものとして必要なことなのかもしれないが、SP-2たちはそれを自己防衛手段としてあまり強く捉えておらず、むしろ女性性を体現することが好きなのだという。
最悪な言い方をすれば、SP-2たちが男性に好かれるためにそのような女性性をまとっているのならば、私は取り立てて興味を持つことはなかったかもしれない。
私がSP-2に魅力を感じ、かつ見習わなければと思ったのは、女性ならではのほんとうに細やかな気遣いを好きでやっていて、そうすることが嬉しいという気持ちが身体からあふれている彼女たちの姿がとても素敵だったからだ。
整形などの身体加工も男性に好かれたいからというわけでやっているのではない。自分たちがもとある姿に帰るために必要な行為なのだ。

気配りや気遣いをして心から相手が喜んでくれるとこちらも嬉しくなるので、私もそのようなことをするのが好きだし(嫌みや媚ではなく心からそう思っている)、特定の人たちをサポートするという私の職務上の立場からも、そうすることが暗に要求されている。しかしやっぱり合う人合わない人がいるので、余裕のないときは気遣いができていないときもあるし、時には気疲れすることもある。
SP-2はそのような疲れはほとんどないらしい(暴力沙汰とか差別発言があれば別だけど)。まさに歩く博愛精神みたいなものだ。

人が女性らしいというとき、その人の記憶や接してきた文化などと生身の女性を照らし合わせて総合的に判断して「女性らしい」と言う。しかし、SP-2の持つその女性性は、時代の流れとともに変化する(そしてその多くはマスコミによる操作が加わっている)女性性を大きく超えたところにある、もっと普遍的な何かだ。チープな言葉にするなら、月や大地、水。そんなところか。

これをある心理学用語で定義してしまうことはとても簡単なことだが、それを体現している彼女たちの努力は現実の女性と比べると比較にならないほど凄まじい。

女性性を体現する具体的な方法はどこにも書いていない。脈々とSP-2の中で受け継がれてきたものなのだろう。生身の女性が模倣したって敵うわけもあるまい。だからこそ憧れてしまう。
CanCamのCMがこれでもかと押し付けてくる(ように私には見える)女性性に一抹の不安を覚える私が安心できる唯一の女性性、それがSP-2なのかもしれない。

和顔悦色施(わげんえつしきせ)とは、仏教用語のひとつで「穏やかな顔つきが人に喜びを与え、良い方向へと導く」 という言葉だそうだ。
まさに彼女たちを表すような言葉だ。
私も、そうありたいと切に願う。大事な人たちと自分自身のために。

ナマでまだ見たことはないが、4月にその機会に恵まれそうで、お見かけできることを期待している。

店長便り

アート&サイエンスカフェ店長のMAYUです。

このイベントでテクノロジーと身体、社会の関係をさまざまな角度からいろいろな方々と考察するにあたり、様々な方とお話を重ねています。
この「店長便り」ではそのときのお話の中から興味深かったエピソードをご紹介していきます。
1.2月は主に理工学を専門にしていらっしゃる方からお話をお伺いしています。2.3月はサブカルチャーの専門家さんに会いに行きます。

・バイオメカニクス
・スポーツ芸術論
・ロボット工学
・認知科学
・情報科学(画像工学)
・ヒューマンインターフェース

2.3月は
・ゲームクリエイター
・漫画家
・プロデューサー

こちらもご期待ください!